北斗の星、千葉氏伝(1)
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《村岡良文(むらおか・よしふみ)》
時は平安中期の頃(935頃)、坂東の勇、平将門は新皇と称して朝廷の権威に真っ向から戦いを挑みました。その後に武士の世の中が到来するまさに最初の出来事でした。平将門は、火雷天神の化身のごとく連戦連勝し、坂東平原の大半を手中におさめ、朝廷を震撼させたのでした。
さて、この平将門に当初共鳴し、共に戦った男に平良文という男がおりました。良文は将門の叔父にあたる家柄の者で武蔵国大里郡村岡(埼玉県熊谷市)を本拠地としており、その地名から村岡良文とも呼ばれておりました。村岡良文は将門と共闘し上野国で戦いましたが、彼らの前に敢然と立ちはだかったのは、やはり将門の伯父で良文の兄にあたる平国香でした。こうして平家一門の骨肉の争いが坂東の大平原で展開されたのでした。
上野国府の近く、染谷川の戦いでは将門、良文の連合軍は国香軍に思わぬ苦戦を強いられました。敵に包囲された自軍が壊滅的に破れ去った村岡良文は、
「いよいよいこれまでか。」
と、死を覚悟し、自害するにふさわしい場所を探し、ひとり闇の中をさまよっておりました。朽ち果てかけたほこらを見つけると傷ついた体を横たえ、しばし夢想していると、どこからか声が聞こえてきました。敵に見つかったか。と良文は、あわてて腰の刀を抜いて、自害しようとしましたが、声はそれをおしとどめるように、彼を呼びました。
「平良文殿、まだ生涯されるのは早い、命をおろそかになさいますな。こちらへ来なされ。退路はまだありますぞ。生きておればまた再起もあります。」
やさしそうに、しかし力強く呼ぶ声に、闇を透かして見れば、古着をまとった、地元の古老らしき者がひとり道案内をするがごとく足元をてらすかがり火を持って立っておりました。なぜ名を知っているのかと、不思議に思いながらも、良文は、なぜか素直な気分になり、古老に言われるままその後について闇の中を歩いておりました。
しばらく道無き道を誘導されるままに進と、突然眼前に立派な寺院が現れました。寺からは、薄明かりが漏れ、中から重々しい読経が聞こえております。身を隠すにはうってつけの場所のようでした。
「この寺は何という寺か。」
村岡良文が尋ねて古老の方を見ると、驚いたことにいつの間にやら古老の姿は闇の中に消えておりました。あとには満点の星と、ひときわ鮮やかに輝く北斗七星が彼の目に映るだけでした。
「どなたさまかな。」
良文の声に気づいた寺僧が出て来ました。良文が事情を話し、しばしかくまってほしいむね伝えると、寺僧は、こころよく承知してくれました。それにしても、と良文が、この寺に来るまでの出来事をはなすと、寺僧は、さも驚いたように良文に向かって興味深い話を始めました。
「この寺は妙見寺と申します。この寺にまつられているのは妙見菩薩と申しまして、北斗七星の化身と言われております。北斗七星は勇者の星。たぶんあなた様を大将軍となられる器の方と認められてお助けしたのかと思います。この寺には古くより菩薩像と北斗七星剣が伝わり、妙見菩薩に導かれて来た者に与えよと言い伝えられてまいりました。その方は体に月と星の印があると言われておりますが、あなた様は、いかがでしょう。」
良文は、さも驚いたように声もなく片方の腕をまくり上げました。そこには何と湾曲した月形のあざと、丸い星形のあざがくっきりと浮かんでいるのです。
「おお、これはまさに、あなた様にあの宝物をお渡しせよとの妙見菩薩のお言葉でありましょう。」
そう言い終わると、寺僧は、奥よりひとふりの直刀と、木像を持って来ました。剣を抜くと、冷たい輝きの中に、北斗七星の彫り物が鮮やかな、七星剣が現れました。
「これは見事な七星剣。これよりは我が家宝としよう。」
この不思議な出来事以降、村岡良文は、妙見菩薩を深く信仰し、腕のあざの月星の印を家紋として使用し、貪狼星、巨門星、禄存星、文曲星、廉貞星、武曲星、そして破軍星という北斗七星の道を歩む事になったのでした。
一方、妙見菩薩の加護のおかげか、命辛々助かった平将門は、その後逆に平国香を滅ぼし、やがて関東平野は戦乱の嵐に包まれるのでした。
「北斗の星は北を目指そう。」北斗七星剣を賜った村岡良文は、関東の大乱を横目に、北を目指し朝廷から陸奥守鎮守府将軍を賜り陸奥国胆沢(いざわ)城に赴任しました。結局これが彼を平将門の乱に埋没するのを防ぎ、平将門が、平国香の子らにより討伐された後もなお、関東における村岡の領地の多くは没収される事無く残るのでした。
やがてこの村岡良文の子孫は繁栄し、後の世に坂東八平氏と呼ばれた畠山、千葉、上総、土肥、三浦などの名家を生むことになるのです。

(参考:坂東平氏系図)

桓武天皇__葛原親王__高見王__高望王___平国香・・・平清盛
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                    |__平良将__平将門
                    |
                    |__平良文・・・(千葉氏)
著作:藤田敏夫(禁転載)
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